朝鮮人の弁明 ①

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 恵泉女学園大学准教授の李泳采が、プライムニュースで朝鮮人の弁明をしていました。これは、韓国の大法院(裁判所)が当時の日本の企業(新日鉄住金)に対して労働をさせられたという韓国人男性に対して「金を払え」と判決を出したのです。

 日本側からは、自民党政調会長代理の新藤義孝さんが出ていました。そのことに対して「韓国は日韓基本条約で終わっていることをひっくり返すと、国際社会から信用がなくなる。もう決まったことをなぜ蒸し返すのか?」と言っていました。

 この李准教授が言った言葉が大事です。「何が悪いのですか? おかしいでしょう。政府にお金を払えと言っているのではありません。企業に対して払えと言っているのです。韓国の考え方は、国と国が話をつけて合意しても、個人の賠償は別です。国が合意しても個人の賠償請求はなくなるわけではない。個人の恨みや苦痛は国家は代わることはできません。それに対して最高裁が「苦痛を受けたのだから金を払え」と言っているのです。誰に金を払えと言っているのかというと、企業に対して言っているのです。それを何故、政府が払わないように止めるのか?」と言うのです。

 李准教授がボソボソとつぶやいたのです。「何故、国が止めるのですか? 韓国国民の一人が苦痛を受けたから、民間の会社に「払え」と言っているのです。それを止める権利は国にはないでしょう」と言ったのです。

 すると自民党の新藤さんは、困ってしまいパッとすり替えた答えを出していました。李准教授が言っていることは、韓国人にとっては正しい理論です。「国家がどのような契約を結んでも、民衆の意思とは違うのだ」ということです。「前の政権が他国とどんな合意をしても、そんなものは破って当然だ」これが韓国人の考え方です。

 民意を集めて大統領を決めて、国民は大統領と契約を結びます。普通は、大統領が変わっても合意した事項は変わりませんが、韓国人はそう考えません。どのように考えているのかというと、政府などというものを韓国人は信用していません。

 韓国人は大統領をどのように思っているのかというと、韓国人は大統領を使っているのです。日本人と考え方が全然違います。日本のように首相に政治をやってもらうのではなくて、国民が大統領を使いまわすのです。

 韓国人は大統領を使い古して賞味期限切れになると、豚箱に放り込むのです。韓国の政治はそうなっているのです。そのように言うと、よくわかるでしょう。朴 槿惠は、散々使われてロウソクデモをやられて、豚箱で25年の刑に服するのです。

 韓国人から言うと、それは当然です。韓国人は権力者など信じていません。「あいつにやらせてやっているのだ。俺たちの都合の悪いことをやれば、すぐに豚箱に入れてしまえ」と思っているのです。これが韓国人の根底の考え方になっているのです。

 日本人のように権威というものを全く信じていません。日本人でも権威を信じていない人は沢山いますが、韓国人は徹底して誰も権威を信じていません。国家と国民は違います。国家の責任でどんな契約を結んでも民衆がそれに納得しているかどうかはわかりません。そのような話です。

 すると韓国人の言っていることがよくわかります。朴 槿惠と契約を結んでも、「そんなものは関係ない」と民衆は思っているのです。韓国はそのような国です。それは近代の法律の精神から言うと、全く通らない考え方です。一旦、国が契約を結んだら、大統領が変わってもその契約は守っていかなければいけません。

 しかし、韓国人にとってそんなことは関係ありません。「前の大統領がやったことだろう? 俺たちは関係ないのだ」という考え方です。李准教授の話を聞いていて「なるほど。これが韓国人の根本的な気質に関することだ」と僕はわかったのです。

 国家の話をいくらしても韓国人には通じません。民衆は民衆でしか通じません。「国家と民衆は別物だ」と考えているのです。すると韓国人のものの考え方がよくわかるのです。

すると日韓併合という問題を考えてみると、「国家が併合したのだよ。俺たちは関係ないよ」と思っているのです。そんな考え方があるのでしょうか? あるのです。「俺たちが合意したわけではないよ。韓国政府が勝手にやったことなのだよ。だから俺たちはそんなものに従わない」こうなるのです。

 朝鮮人は、「李王朝と両班に代わり、新しく日本人が権力者で入ってきた」と考えるのです。「そんな者の言うことは一切聞かないよ。都合の良いところは聞いてやるよ」という考え方です。「何故、韓国人は軸足が動くのかというと、これが原因です。

 軸足などありません。朝鮮人というものの上に勝手に国家が乗っかり勝手なことをやっているのだから、「そんなことは知らねえよ。俺たちは納得していないよ」この考え方が朝鮮人の恨(ハン)の文化の源流です。権力者というものを一切信用していません。

 それはそうです。朝鮮の権力者は民衆を苛めるだけで、民衆を助けたことなど一度もありません。日本において大名は川をつくり、運河を造り、橋をかけてよいことをしてきましたが、朝鮮の権力者は良いことは一つもやっていません。両班のやることと言えば民衆から奪っていくことだけです。両班「おい、その米をもらっていくぞ。もっと無いのか?」村人「ありません」両班「お前、怠けているのだな。鞭打ちの刑だ!」という政治です。

 両班「その女をもらっていくぞ」村人「この娘はご勘弁を」両班「生意気を言うな、鞭打ちの刑だ!」ということです。国家や権力者は朝鮮人に対して何もしてこなかったのです。ただ、奪い、殺すだけです。戦争が始まると「お前ら出て来い」と言われて出ていくのです。民衆はそんなことに重きを置いていないから、鉈のような刀をもって出かけたのです。「来い」と言われるから仕方なく行くのです。だから、戦争は一番弱いのです。やる気が無いのです。「お前達が上でやっていることは、俺たちは知らねえよ。来いというから来たのだろう」と考えているので、そんな状態ではいつでも裏切ります。忠誠心などもっていません。それが韓国文化の恨(ハン)です。恨(ハン)とは、権力者に対して徹底的な恨みをもっているのです。李王朝、両班が威張り散らして、民衆は奴隷です。半数は奴隷階級の白丁ですから、何も無いのです。

 日本は大家さんがいたり、庄屋さんがいたり、庶民の面倒を見てくれる人がいたのです。「今年は米が穫れません」と言うと、「蔵米を出してみんなに配れ」ということをやっています。朝鮮人にそんなことは一切ありません。両班は搾取するだけです。それでは民衆はたまりません。

両班の後に日本人が来て朝鮮総督府を置いて、権力者になったのです。だから日本人を恨むのです。朝鮮人は、何でもかんでも上に行った者を恨むのです。「朝鮮人は約束を守らない」と言いますが、そうではありません。約束など朝鮮人には関係ありません。

国家に対する約束は、「俺たちは関係ない」と考えているのですから、いつでも法律がコロコロと変わり軸足が動くのです。

では、朝鮮人が個人で約束を守るのかというと、約束は守りません。元々約束という観念がありませんから、「約束は破るためのもの、相手をだますためのもの」と思っているのです。これは朝鮮人の国家・個人でも同じです。

自分達もそのようにされてきたから、隙があれば日本人をぶっ殺すのです。朝鮮人は長い間、そうされてきたのです。中国の属国となった長い歴史の中で少しでもスキがあれば、ぶっ殺されてきたのです。だから朝鮮人は「俺たちよりも弱いものがいたら、同じことをやってやるぞ!」と考えているのです。それが朝鮮人の犬食いです。(②に続く)

 

 

 

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Source: 中杉 弘の徒然日記

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