彼のボディスラムは音が違った

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ダイナマイト・キッドが死んだ。おいら、若い頃、ナマで見ているんだよね。しかもリング下で。当時、勤務していた出版社がプロレスグッズ作るとか言って、動員されて、写真撮りに行ったのだ。もちろんタイガーマスクが目当てです。プロレスというのはナマモノなので、TVでは伝わらない驚きというのがあるんだが、おいらがビックリしたのは、「音」だ。彼のボディスラムは音が違った。彼が投げると、物凄い斬れ味の爆音でバシン!と会場に響く。投げられたタイガーマスクが痛そうだったw

“爆弾小僧”の異名を取ったレジェンドプロレスラーのダイナマイト・キッドさん(本名トーマス・ビリントン)が5日、死去したことが分かった。60歳だった。
 日本では79年に国際プロレスに初来日し、81年4月の新日本プロレス・蔵前国技館大会では初代タイガーマスク(61)のデビュー戦の相手を務めた。
 スピード感あふれるファイトスタイルで、初代タイガーや藤波辰爾(64)のライバルとして活躍し、84年には全日本プロレスに移籍。91年12月に体力の限界を理由に引退を表明したが、93年に日本と英国で同時にカムバックを果たした。
 だが、近年は体調悪化のため施設で過ごしていた。

初代タイガーマスクとダイナマイト・キッドの試合は、いまだに語り継がれるプロレスの伝説です。ステロイドの副作用もあって、若くして引退を余儀なくされ、最近では施設で寝たきりになっていた。

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豆州楽市がお届けします。

【訃報】ダイナマイト・キッドさん死去 初代タイガー「悲しみに暮れています」、というわけで、例によって2ちゃんねるでは無責任なネットすずめたちがピーチク騒いでおります。ニュース速報板からです。

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デービーボーイスミスと来て
いかにもブリティッシュな感じがよくでてたがステロイドのやり過ぎかな?
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↑それな・・・
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そう遠くない未来にこうなりそうだと思ったが、現実になると悲しいね。
NHKの特番で見たとき、涙が出たのを今でも思い出す
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小柄なのにとんでもない怪力だったよな
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この人がいたからこそ、タイガーマスクが際立った。いい引き立て役だった。
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キッドの自伝でタイガーマスクとの試合は文字通り命を削るものになったと言っている
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佐山キッドは何十年過ぎても未だに新日ジュニアの最高峰だよな。
オスプレイもヒロムも追いつけない追い越せない。
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これ全身鋭利な刃物
古舘もよかったよなぁこの頃は
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あのブッチャーが健在なのに、綺麗な身体作ってしまった人が先か
プロレスヤバいよな。でもキッドとタイガーマスクは良かった。まあヤオだのなんとかは、どーでもいい。
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この前、テレビで放送してたな
寝たきりだったので驚いた記憶がある
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ダイビングヘッドバッド
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↑ファイプロで驚異的な飛距離だったよな
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何度も何度も初代タイガーとの試合をビデオで見ました
素晴らしいファイターでした
ご冥福をお祈り申し上げます
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サインボール投げがメチャメチャ速球だったな。
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全身ぼろぼろでボルトで骨つぎした状態でトップロープから
ダイビングヘッドバッドとかしてた。凄いショーマンだった
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大好きでした。そりゃあれだけトップロープからダイビングヘッドしてたら早死にしますよ。
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小柄な日本人レスラーより速かった
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割と持った方かと
それくらい病状良くなかったし
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試合前,リングに入場するときに,つけていたマスク脱ぎ捨てたレスラーって
この人だったかな?
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↑ディビーボーイスミスの方や(^。^)y-.。o○

キッドコール起きてワラタ
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佐山は豚みたいにブクブク太ってるけど元気だよねwwwww
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ツームストンパイルドライバーからの
ダイビングヘッドバッズ!
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ヒールにしてはいけない人だった
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佐山を頚椎捻挫に追い込んだツームストンパイルドライバー\(^o^)/
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今までで一番好きなレスラーだった。国際プロレスに出ていたときは長髪で線が細い感じだったが、新日本に再来日したときあまりの変わりように驚いたことを思い出す。冥福を祈る。
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ツームストンパイルドライバーでジャンプしてたっけか。
あれは膝より先に相手レスラーの頭が着地したら普通に死ぬよな。
だとすると、かける側の膝のダメージが結構やばそうだな。
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トップロープからのダイビング・ヘッド
仕掛けたキッドが頭から流血した
ガチでファンだったわ

合掌
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ブレーンバスターが滅茶苦茶速かったのを覚えてる
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youtubeの近況動画みたよ
佐山がマスクかぶって闘病中のキッドをたずねるやつ

泣けた。合掌。
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DVDではトミーと呼び掛けてたよ
Wake up! Tommy !て
トーマスならトニーでもトムでもオッケ
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つーかカナダはいいけど、
イギリスでプロレス興行があったって不思議。
完全にアメリカの文化じゃん。
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みんなゆるやかに放るのに、あなただけ速球でしたね。観客席へのサインボールw
忘れません。ありがとうございました
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イギリスでデビューし、カナダのカルガリーをホームグラウンドにしていた。従兄弟のデイビーボーイ・スミスとタッグ組んで、よく来日してました。イギリスにプロレスがあるの? という人がいるんだが、あるも何も、彼のベースはシュート・レスリングだ。

19世紀のランカシャースタイルでは現在のフリースタイルレスリングやプロレスとは異なり、サブミッションホールド(関節技、絞め技など広く相手から降参を奪う技)が使用されていたこと、ピンフォールの他、サブミッションによる勝利 (Submission Fall, サブミッションで降参させるのか戦闘不能後にフォールを奪うのかは不明) での試合決着が存在していた[1]。これについてプロレス研究家の那嵯涼介は、16世紀から18世紀にかけてヨーロッパで出版された徒手格闘技の教則本に数多くのサブミッションが紹介されていることを指摘し、本来、ヨーロッパの民俗レスリングにおいてサブミッションは一般的なものであったが、それが危険な技術と見なされて次々に封印され、最後まで残っていたのがランカシャー地方のレスリングだったのではないかとの見方を示している[1]。

この、シュート・レスリングを13歳から習い、17歳でプロとしてデビューしている。出自からして、初代タイガーマスクこと、佐山聡との相性が良かったはずだw イギリスのプロレスというと、C・W・ニコルが若い頃にバイトでレスラーやっていた事でも知られているね。アメリカのプロレスみたいなお芝居じゃなくて、もっと地味なんだが。

Source: ネットゲリラ

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