[コラム]みんな違って、みんないい

転載元:「サイババが帰って来るよ」
みんな違って、みんないい

「Sai’s Messages for The Golden Age」という本をリリースしました。(全618頁)
サイババさんの御言葉をいろんな本から十年以上かけて集めて来た珠玉のお言葉集です。いろんな項目ごとにまとめてありコンピューターでの検索にも利用出来ます。
付録にヴィヤーサ仙の書かれたガルーダプラーナの抜粋もありますよ。
この本は、期間限定公開です。ありがとうございました。http://bccks.jp/bcck/121362/info
また「サイババが帰って来るよ。」シリーズは、紙本も含めて下記のポニョ書店からどうぞ。本の画像をクリックして下さいね。
http://bccks.jp/store/114521
このブログの記事で削除した@世界が水に浸かり朝が来るシリーズ@最高の日本人帰依者シリーズ@ヴェーダが癒す認知症シリーズなどはPart1に掲載されています。

ポニョ:もう今日から四月になって、暫くすると日本は桜の季節が終わり、ゴールデンウイークの季節やけど、あんたのいてるオーストラリアはどんな感じなんや?

ヨシオ:こちらではイースター休暇というのがあって、日本のゴールデンウィークのような感じや。。
ほとんどの人が一週間程度の休暇を取って、ゆっくりと過ごすんや。

俺の子供達も、シンガポールへ行くって言ってたな。

ポニョ:シンガポールへ休暇を取るって贅沢やな。

ヨシオ:いやそんな事ないで。格安航空券を使って安宿に泊まる貧乏旅行や。国内旅行へ行くよりよっぽど安いんや。ここパースからシドニーへ行くよりシンガポールへ行く方が近いんやで。それに、飛行機代ももっと安い。
俺もパースに来て、嫁さんと友達のインド人と三人でビーチで泳いで海岸を四キロほど散歩した後、カンガルーのいてる雑木林の中を散策した。

ジャイナ教徒の友達はこんな自然の中に来たことがない。カンガルーに襲われると言ってとても怖がっていた。
そのあと、彼が今建てている家を見せてもらったんや。
工事中で中に入れなかったんやけど、もうすぐ家族を呼び寄せるんや。と言って喜んでいたな。
こんなきれいな地球の一角に住めるなんてラッキーやな。て話してたんや。それで、家を見てたら近所の人も出てきてお茶を飲みこないかと言って招待された。
そこは、新興住宅地やけど周りの人たちはとてもフレンドリーで、近所の人が工事中の家が荒らされないように見てくれてるんやて。それに、安い壁のタイルがどこどこに売ってたで。とかいろんなアドバイスをしてくれるんやて。みんな仲良く暮らすっていいな。と思ったな。友達の家がだんだん出来ていくから俺も嬉しくなったな。
近所の人たちも、バングラデッシュから来た人や、マレーシア人や、インド人がその辺にいてる白人のOZの間に混じって生活してる。いっぱいいろんな人種の人たちがいてるけど、みんなで助け合っていい国を作って行きたいなという雰囲気が好きやな。最初にここに来たからという理由だけで大きい顔してたり、後から来た人を差別したりという狭い考えが無いからええわ。

ポニョ:みんな違って、みんないい。の世界やな。

ヨシオ:俺のおばあちゃんも、五島列島の中通島でキリスト教徒の迫害にあって、同じ五島列島の福江島に逃げてきた家族の中で育ったけれど、世界はもっと大きいはずや。と言って一人で島を飛び出した人やったから、俺もその血を受け継いでオーストラリアに来たんかな、と思う。

ポニョ:そういや、あんたのおばあちゃんの目は青味がかってたんやろ。背も高かったらしいな。多分西洋人の血が混じってたかもしれんな。

ヨシオ:キリスト教宣教師と一緒に五島列島に来た船乗りの血かなんかやろな。俺の妹も、小さい時から西洋顏でよくもててたな。学校から帰って来ると、どこかの学校の男の子が後をつけて、家まで来てたことがよくあった。妹は顔を見られるのが嫌で、顔を隠しながらいつも歩いてたな。美人やったから、あっちこちから話が来て結局、十六歳で求婚されて結婚したわ。今はオーストラリア国籍になってる。

ポニョ:みんな地球の住人やもんな。どこの国の人が嫌いとかではなく地球は、神さんが作られたエデンの園みたいな星やから、そこに住んでいる生き物はみんな仲良くお互いの違いを認めて、それを尊敬しながら助け合って生きて行きたいよな。

ヨシオ:そうしたら、もっと住みよい星になるやろな。それで、ビーチを歩いている時に、ちょうど、俺の家族が俺の六十歳の還暦祝いのパーティーをしてくれたところに来たんや。
そのパーティには、お袋も一緒に祝ってくれたな。と思ってお袋が座っていた場所を懐かしくなって見てたらちょっと感傷的になった。

ポニョ:そういや、お袋さんが亡くなられたのは、そんな前の事じゃないもんな。

ヨシオ:俺の還暦のパーティーをしたんが去年の十一月の始めで、そのあと二週間ちょっとで亡くなったな。認知症になって十二年目やった。

ポニョ:家で介護してたから大変やったやろ。

ヨシオ:ヴェーダの詠唱を始めるまでは、どんどん症状が悪くなって行くし俺のことも誰のことも覚えてないし、自分のことなんて何も出来ないけど、口は達者でいっぱい罵られるし、どつかれる蹴られるは毎日の事やったや。
でも、ヴェーダの詠唱を始めてから、静かになって来て、記憶も戻って来た。一人で食事も出来なかったのに、自分で食べれるようになったり、介護が終わるとお世話になってありがとうと言ってくれたり、体重も死にかけるほど減ったのに十五キロも増えたり、奇跡やな。最後の二三日は、ほとんど記憶も戻り普通に話が出来たんや。
まだ、お袋が元気な頃、あるサイキックな人が家に来て、お袋にあんたは別に生まれ変わるぐらいの大きなカルマを持っていないのに、ある仕事のためにこの世にわざわざ生まれて来た人や。と言われたことがある。
その仕事とは、俺や妹を育てあげることやったんや。
亡くなる前の日に、俺の還暦祝いのパーティーの写真を見て、「私は自分の息子の還暦祝いまで見れて幸せです。」と言っていた。
そして、亡くなる一時間ほど前に俺と散歩に行ってる時に、「私は、ええお母さんやったやろ。こんなに一生懸命子供のことを思って育ててくれるお母さんなんて世界中どこを探してもおれへんで。」と笑ながら自画自賛してた。俺は、「世界で一番のお母さんやった。小さい時から面倒かけて世話してくれてありがとう」って言ったんや。
それから、宙を見つめながら、ポツリと「サイババさんがもうすぐしたら帰って来はるな。」と言ったんや。
亡くなるすぐ前で魂が半分もう体から離れかけてたから、そんなメッセージをくれたんやろうと思う。

ポニョ:あんたのお袋さんが、未亡人になられたのんは…

ヨシオ:二十二歳やったと思う。とにかく、顔も原節子に似ていて美人さんやったけど、それ以上に心がきれいな人で、絶対曲がったことをしないし、正義感がとても強い。ピュアの人っていう形容が一番あってる。透明なクリスタルみたいな人やったな。人のオーラが見えるし、そのことを人に言わない。前にも言ったと思うけど、ある日俺たちが経営してたコインランドリーの客をしばらく見てたと思ったらすぐに俺に、警察官を呼んで来いと言ったんや。
そういう時のお袋は、威厳があって誰も逆らったり言い返したり出来ないんや。
それで、とにかく来てくれと言って、交番の警官を連れてきて少し離れたところから男を観察してたんやけど、指名手配になったばかりのお男ですぐ逮捕された。
警察は、お袋になんであの男が指名手配の男かどうか分かったのか聞いていて、お袋は、そっちの質問に答えるのに苦労してた。表彰も断っていた。
お袋の介護の日々を今思い出しても懐かしいし、もっとこんな事をやってあげたら良かったなとか思うこともある。今から考えても、介護の日々は、お袋の純粋な神様のような魂に毎日触れることが出来て幸せやった。あのきれいな笑顔を俺が独り占めして、毎日天国に居てるような日々やったと思う。
お袋が俺に介護してもらったことに対して礼をいうと、なに言うてんねん。俺が小さい時、病弱やったのでめちゃ世話になったことと比べたら、大した事ない。
みんな順番や。気にせんときや。とよく言ったもんやけど、年取ってあんな風になって行くのんて誰でも嫌やな。
介護が一時期苦しかった時に見つけたポルトガル語の差出人不明の詩を貼っておきます。歌にもなってるようですよ。

作詞:不詳/日本語訳詞:角 智織/日本語補足詞:樋口了一
作曲:樋口了一/ストリングス・アレンジ:本田優一郎

年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れも
あなたにいろんなことを教えたように見守って欲しい
あなたと話すとき 同じ話しを何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ 絵本のあたたかな結末は
何時も同じでも 私の心を平和にしてくれた
悲しい事ではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい
楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときに 思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを
悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかもしれない
足も衰え立ち上がる事すら出来なくなったなら
あなたがか弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかどうかあなたの手を握らせて欲しい
私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
貴方を抱きしめる力がないのを知るのがつらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい

きっとそれだけで、それだけで 私には勇気が湧いてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変らぬ愛を持って笑顔で答えたい
私の子供たちへ
愛する子供たちへ。

お袋とサイババさん

“一番に親を大切にすべきです。親以外の関係は二の次です。何よりもまず、自分の母親を愛し、母親の言うことを聞くべきです。母親を幸せにして、初めて人生は幸福で平安に満ちたものになるでしょう。母親が泣けば、皆さんは必ず人生で苦しむことになります。母親を幸せにするなら、皆さんの一生は幸福で満たされるでしょう。”15/1/08


(以上転載はここまで)
https://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/b5b4ce00b5da122c08b23d37378d28d3


Source: ADAMANTINE  http://blog.livedoor.jp/sagittariun-shinjituwomiru/